回想~ティンパニ購入顛末記 クラシック音楽におけるお金の使い方の一事例 その4 

それから数週間が過ぎ、OBオケの練習時にF君と会って、自体の進捗を確認すると、まだ結論は出ておらず、彼は若干弱気になっていた。そこで私は努めている会社の綱領の一節を思い出し、こう言って励ました。
「正々堂々と根性を据えて掛かれば必ず道は開ける」
そしてさらに数週間後、私の携帯に連絡が入り、購入が決定したことが告げられた。問題のOBオケも我々の気持ちを理解し、"打楽器パートも金を出す"という取り組みの本気度を汲んでくれたことで了承を得られることとなった。
後は具体的購入作業に移ったが、これはF君たちに任せておいた。途中「金額が少し上がりそう」との話もあったが多少の変動は吸収可能と踏んでいたので、そのまま進めてもらった。結果全額現金での支払いということで若干のディスカウントもあり、額は少しお安くなり、無事購入を果たした。
楽器を東京から新潟へ運ぶ手配は、Sフィルの新しい楽器を納入する打楽器専門店が行ってくれ、N大オケの保管場所へと搬入された。

新しい楽器購入に対するまわりの反響は好意的なものが多く、
当時のN大オケの現役メンバーは
「(以前から使っている)革の大太鼓とベストマッチ!」
打楽器のすぐ前にいる金管楽器は奏者からは、
「(その良さが)背中でわかりますよ」 
そして一番嬉しかったのは
「(お金を立て替えたことに対して)ジョバンニさん、カッコよすぎますよ!」
これを聞いて、ここまでの努力は無駄でなかったと胸をなでおろしたのであった。

立て替えたお金は5年後までで、多少のトラブルはあったが、きちんと回収し、購入予定の新車も買うことができた。

この楽器は現在でも新潟にある学生オーケストラと、そのOBによるアマチュアオーケストラで聞くことができるので、機会があれば、ティンパニの音に耳をすませていただければ幸いである。

以上音楽における有益と思われるお金の使い方を披露させて頂いた。何かのご参考になることを祈って、筆を置きたいと思う。

完。
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回想~ティンパニ購入顛末記 クラシック音楽におけるお金の使い方の一事例 その3

さて購入案が決まったところで、各団体に向けての交渉が待ち受けている。幸いN大オケについては、K先生の提案ということですんなりと受け入れてもらえることとなったが、問題はOBオケである。K先生との繋がりは薄く、金額もそれなりということで充分な説明をし、なんとか説得することが必要である。後輩のF君が窓口となり、OBオケの幹部との交渉をすることとなった。
当日を迎え、私とF君は県央のショッピングセンターにあるファミリーレストランへと向かった。指定時間に到着すると、幹部2名がすでに来ており、楽器購入とは別の楽団運営の打ち合わせをしているところで、しばらく待つように言われた。
飲み物を注文し、しばし待機していると、前の議題が終わり、我々の出番となった。そこで今回の主旨の説明を行った。
・SフィルのK先生から楽団で使用している楽器が新しいティンパニを購入するため、不要になり、N大オケへ有償で譲りたいとの申し出があったこと。
・音楽的に素晴らしい楽器であり、オーケストラの演奏の質が上がること。(子牛の革をヘッドに使っており、従来使っているプラスチックヘッドよりも音質的に他の楽器と溶け合うようになる)
・楽器の価値に対して格安の価格であること。
これに対し「本当に良い楽器なのか」「変なものを押し付けられているのではないか」など、細々とした質問がなされ、真摯に応答したが、その場で結論は出ず、オケの場のメンバーとも協議が必要ということで持越しとなった。

続く。

回想~ティンパニ購入顛末記 クラシック音楽におけるお金の使い方の一事例 その2

"K先生からの提案を受けてどうするか"についての作戦会議をその場にいたOB4名で行うことととなった。場所は練習場の近くの大衆酒場。
具体的な金額として250万円という金額が提示された。私を除く他のメンバーは所属するN大管弦楽団と、そのOBで結成したオーケストラからの費用を負担してもらうことを想定していた。しかしこの金額では実現は困難であろうことは誰もが危惧しており、会議の場ではどうするかの模索をする状態であった。
そこで私は下記のような提案をした。
・N大管弦楽団、OBオーケストラ、N大オケ現役の打楽器メンバー、OBオケの打楽器メンバーで4分割して負担する。
・Sフィルへの支払いは一括して先払いし、支払者に上記4グループから5年間で返却してもらう。
他3名は賛同してくれたが、「で、誰がだすのか?」という話が当然のように出た。
そこで私が「俺が出すよ。ちょうど新車購入しようと思って貯金してあるのでそれを使う。」
他3人に依存はなく、それで話を進めることとなった。
あとは支払いの方法を具体的に詰めることとなり、次のような形となった。
・N大オケが60万円(年12万円×5年)
・OBオケが  〃
・N大オケ現役の打楽器メンバーが30万円(年6万円×5年 1万円@年*人)
・OBオケの打楽器メンバー  〃 +α(参加していないOBにも募る)
・楽器を所有するのはOBオケ
・保管・管理はN大オケ
・返済するまでは、私が2楽団に楽器をレンタルし、レンタル料として月々に一定額支払ってもらう形とする。
やり方が決まったので、その日はそのまま通常の宴会へと突入していった。

続く。

回想~ティンパニ購入顛末記~クラシック音楽におけるお金の使い方の一事例 その1 


「すごい提案があるんだけど。」

十数年前のその日私はN大オーケストラの打楽器パートの練習を先輩という立場で、オブザーバーとして他のOBと共に参加していた。場所は同オケが通常使用しているN大医学部の厚生施設内の音楽練習室。トレーナーとして来ていただいている日本を代表する在京オーケストラのひとつSフィルのK先生のレッスンに立ち会うためだった。
その提案の内容としては
・現在K先生が新しいティンパニを購入するが、そうなるとSフィルで今使っているものが不要になり、売りに出さなければならない。それをN大オーケストラに譲りたいのだが、どうだろうか。
・そのティンパニはオランダ製のもので、革のヘッドを張っており、その音質はK先生が目指す音楽にはかかせないものである。台数は5台。これでかなりのレパートリーに対応できるようになる。
・価格は元の値段の四分の一程度で譲る。
・幸いN大オケの練習室併設の楽器保管場所にはまだ余裕があり、そこに充分入ることが想定される。
とのことで、検討してもらえないかということだった。
「新車1台分ですね。」
「そうだね。破格の金額だと思うのだけれど。」
この話を聞いて、私の頭の中では、あるひとつの思い出がよみがえっていた。

それはさかのぼること十数年前のこと。当時私は関東方面に就職して、K県のC市にある会社の独身寮におり、そのころC市に出来たばかりのアマチュアオーケストラに参加していた。創立まもないということもあって、打楽器(ティンパニ)は所有しておらず、話を聞くと団として買う予定はあるのでそれまで待ってもらいたいとのこと。そのオケとは妙に相性がいい感じだったので、その言葉を信じ、練習に通いだした(見学が主だったが、練習後のファミレスでの会話を楽しみにしていたので)。
しばらくして楽器購入の話が具体化し、その話の中で資金としては団長(お医者様)のポケットマネーからとりあえず支出し、数年を掛けて返済する形で行うとのことだった。
「車を買おうと思って貯めていたお金があるので、それを充当しますよ」
とのことで"ありがたい!"申し出であった。

「今度は俺の番だな。」
私はそう思った。十数年前に受けた恩をここで返さねば、男が廃(すた)る。幸い自分も新車購入の為の資金を用意していたこともあり、この機会を逃すまいと心に誓った。

続く。

お年玉・特別企画 「わがマーラー受容史」 その5

お年玉・特別企画 「わがマーラー受容史」 その5

ブログの開設の経緯と作成の方針・心構えを書いています。長文です。
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5.応用期~ブログ開設編。

あるときSさんに、「知り合いが出る催しものがあるが、自分は行けないので、行くようであれば聞いてきて、レポートして欲しい。」と頼まれ、メールと写真を送ることになった。内容は拙い報告ではあったが、これが今のブログの端緒となるものであった。
その後Sさんの店が昨今のCD販売での不況のあおりを食って、一時は閉店まで考える状況になった。しかしなんとか持ち直し、営業を続けたが、共同経営者の方が、別の販売店に移ってしまったため、Sさんは以前ほどコンサートに行けなくなっていた。そのため私は店に行ったときに、自分が行ったコンサートの話をしたり、彼のブログのコメント欄に時々コンサートの感想を書くようになる。その頻度が多くなってきたため、2013年8月に自身でコンサートの感想ブログを始めることとした。
そこで始めるにあたっての方針を打ち出し、それに沿って書き出した。

始めるにあたっての方針

・コンサートではいろいろ起こるが、その中で良いところを中心に書く。

演奏者は、演奏の出来や起こしたミスについては、痛いほど認識している(自分の経験からもそれはわかる)。なのでブログではあえてそのことには触れず、まず全体としてどうか。細部はどう聞こえていたのかを記す。もちろんミスなどの改善すべき点は演奏者が反省し、努力する前提での話であるが。
またブログは文字情報である。対面して話す場合は、内容に加え、表情や口調、言い方などで、きつい内容も、やんわりと伝えられるが、文字だけではそれは無理。特にweb上では、言いたい主旨が伝わりにくく、きつい言い方をしているように見える。そのため炎上や、険悪な状態になったのを何度も見ている。だからブログではなるべく批判めいた言動はさける。言いたいことはメールで伝えたり、対面で話す。

・「演奏は演奏者にとっては”仕事”である」という認識で臨む。

自分の業務でもそうだが、計画して、その通りに進むことはまずない。いろいろな障害や困難が伴うのは当たり前である。演奏でも小さなミスや時には大きな失敗があることは致し方のないことである。当然演奏者はそうならないように入念に準備 し、万全の態勢で臨むと思われるが、それでも事故は起こる。大事なのは起きたら どうするかであって、それを含めて演奏の良し悪しが決まる。
だからミスや失敗をあげつらい、揶揄するのはあまりいい趣味とは言えない。それよりも全体としての出来、演奏から伝わる奏者の想いや熱情をを感じ取り、それを記述するほうが、書いていても、読んでいても快い。

・「コンサートは事件である」という認識で臨む。

不特定多数の人が、数十人~数百人~千人も集まるのだから、なにが起きても不思議ではない。幸い常識のある方が多く、おかしなことはあまり起きないし、コンサートでのマナーを会場でアナウンスして、聴衆への教育も行われているので、かなり大丈夫だが、時にはいろいろ起こる。それはコンサートに限らず、人の多い場面でおこる小さな事件と認識し、あえて文章には書かない。

・音楽の専門用語をなるべく使わない

Sさんへの報告が始まりであるため、彼の考えに賛同して、記述してる。Sさんのブ ログでは新潟のクラシック音楽が隆盛するように願われており、そのためにはいわゆる"クラシック・マニア"ではなく、ビギナーや一般の人々が読むことが想定されている。それに倣って私のブログもなるべく音楽の専門用語を使わず、音楽のイメージを喚起しやすい言葉を選んで使用している。また音楽を言葉で正確に書き表すことは不可能であるという諦観に立って、できるだけ多くを伝えられるよう努力している。

・自分が(他の人の)そういうブログをみたいから、自分が読みたくなるブログを書 く。

以前ファンだった女性のロックバンドのレポートを読むのが好きだった。その中でも好意的に書いてあるものを読むのが至福の喜びだった。そういうものをクラシッ クのコンサートでも読みたい。特に内容が詳しく書かれているものを読みたい。私のこの欲望を満たすものを誰も書いてくれないので、自分で書くしかない。

・ブログを読んでコンサートへ行く方が増えるようなものを書く。

webでの公開なのでいろいろなひとが読む可能性がある。読んだ時にこんなに良いコンサートなら、行ってみたかったと思ってもらい、次のコンサートに足を運んでもらうと、コンサートの集客が上がり、有料の場合売り上げ、利益が上がり、黒字になれば、演奏者・主催者の次のコンサートへの足掛かりとなり、結果コンサートが増え、数が増(ま)せば、よいコンサートにあたる確率が高くなり、自分の喜びの増加にもつながる。

・コンサートに臨む時は「ゼロベース 加点主義で」。

プロ・オケ、有名な出演者だから等の先入観をなるべく持たないようにする。今日はどんな演奏が聴けるのか 楽しみにするという姿勢で臨む。その方が期待したのにがっくりとならなくて、精神衛生上よい。また逆にこんなところがすごいという細部での気づきがあり、結果なるほど○○はすごいとはこういうことかと納得できることが多い。またたとえ同じ演奏家で同じ曲目そして同じ会場であっても、演奏はそのたび違うものになる。そこで"演奏家3日会わざれば括目して接すべし"との気持ちで聞くようにしている。
という方針で書き始める。

ということで、「いちかっこ ジョバンニのクロソイドダイアリー」というブログを始め、現在に至っている。現在休職後に付いた職場は幸いなことにあまり忙しい業務ではなく、なによりコンサート会場に近いロケーションにあり、通うコンサート数も激増し、結果として年間150~200回程度になり、ブログもそれに比例して、 たくさんの記事を書いている。書き始めて、気づいたことは、このようなレポートは新潟のような地方都市ではあまり多くなく、演奏家の方にとっても、貴重な聴衆からの反応ということで、喜んでいただいているようであることで、書くことの原動力ともなっている。そして今後も、さらなる新潟の音楽文化の発展の一助になれるよう努力していきたいと考えている。
以上マーラーを受容する過程を記述することで、自分のクラシック音楽との向き合い方を考察してきた。柴田南雄の著書はこの工程での一つの心の支えとなっており、今後もまた重要な人生の節目で、読み直すことがあるのではないかと思っている。
(終わり)